三保の松原は、日本三大松原(三保の松原、虹の松原、気比の松原)である。 | 日本の歴史と自然の美を楽しむ

三保の松原は、日本三大松原(三保の松原、虹の松原、気比の松原)のひとつとされ、国の名勝に指定されている

三保松原(みほのまつばら)は、静岡県静岡市清水区三保半島にある景勝地。その美しさから日本新三景大沼、三保の松原、耶馬溪)、日本三大松原(三保の松原、虹の松原気比の松原)のひとつとされ、国の名勝に指定されている。また、ユネスコ世界文化遺産富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に登録されている。また、2020年(令和2年)6月19日には、文化庁の「日本遺産」のストーリー『日本初「旅ブーム」を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅~滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のガイドブック(道中記)~』の構成文化財の1つに認定された。

なお、「三保松原」は国の名勝としての指定名称および世界文化遺産・構成資産一覧、さらに日本遺産構成文化財一覧では「三保松原」と表記され、表記にゆれが存在する。新聞等ではハンドブックにより「三保の松原」で表記を統一しているところもある。

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羽衣の松

羽衣の松は御穂神社の神体で、祭神の三穂津彦命(大国主命)・三穂津姫命が降臨する際の依り代とされる。初代「羽衣の松」は1707年宝永4年)の宝永大噴火の際に海に沈んだと伝えられる。

二代目「羽衣の松」は高さ約10メートル、外周5メートル、樹齢650年のクロマツで、立ち枯れが進んだため、2010年(平成22年)10月に近くにある別の松を三代目の「羽衣の松」に認定して世代交代した。2013年(平成25年)7月3日に先代の「羽衣の松」は約3メートルの幹を残して伐採された。

三代目「羽衣の松」

歴史

江戸時代の絵図によると、当時は三保半島のすべてが松で覆われていた。三保は江戸幕府の直轄地(天領)であり、御穂神社の朱印地寺社領)、いわゆる鎮守の杜として所領安堵されていたが、明治維新後に杜の禁が解かれ、御穂神社周辺の松は旧幕臣の手により壊滅的に伐採されたと伝わる。

また、三保半島は過去の地震で度々沈降したと伝えられ、三保の松原や砂浜も被害を受けている。

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