大阪ビル放火の容疑者、離婚後に生活荒れる…兄「もう30年会ってない」

放火現場のビルから証拠品と書かれた箱を運び出す捜査員ら(19日午後0時33分、大阪市北区で)=枡田直也撮影

大阪・北新地の雑居ビルで起きた放火殺人事件で、心肺停止の状態で搬送された谷本盛雄容疑者(61)は、今も重篤な状態が続いている。腕のいい板金工として信頼されていた職人は、結婚生活の破綻を機に孤独を深めていった。昔を知る人は、凄惨(せいさん)な事件との落差に驚く。

■実直な職人

 谷本容疑者は1960年、大阪市此花区で板金工場を営む家庭に4人きょうだいの次男として生まれた。高校卒業後、主にトタン屋根や壁の工事を行う板金工として実家など複数の工場を転々とし、技術を磨いた。

 「仕事一本の職人」。2002年から約8年間勤務していた同市淀川区の板金工場で社長だった男性(78)は振り返る。「責任感が強く、任せた仕事は完璧に仕上げる。職場内で一番腕が良く、助けられていた」と話す。

 ただ、人付き合いは苦手で親しい同僚はいなかった。職場で意見が食い違うと、顔を真っ赤にして黙り込むことが度々あったものの、暴力をふるうようなことはなく、男性は「信じられない」と語る。

■隣人と交流なし

 男性の証言などによると、谷本容疑者は看護師の女性と結婚。息子2人をもうけ、同市西淀川区のマンションで家族4人で暮らしていたという。しかし08年9月に離婚。家を出て一人暮らしを始めた。約1年後に復縁を申し込んだが、拒否されると、競馬に金をつぎ込むなど、生活は乱れていった。10年には勤務先の工場を無断欠勤するようになり、連絡も取れなくなったという。

 近隣住民の話では、谷本容疑者は約1~2か月前、西淀川区の住宅に引っ越してきたとみられる。周囲との交流は一切なかった。

 「盛雄とは、もう30年以上会っていない」。大阪市内に住む実の兄は話す。過去には互いの自宅を行き来していたこともあったが、約30年前、父親が他界した頃から疎遠になった。

 兄は「多くの方が亡くなられて、大変気の毒に感じています」とうつむいた。

この記事は今日の記事です。

犯人がわかりました。しかし、未だに重体らしいです。

テレビのニュースによれば、亡くなられた当院の院長さんは多くの患者さんから

親しまれ頼りにされていたようです。

犯人である 谷本容疑者 は、 「責任感が強く、任せた仕事は完璧に仕上げる。職場内で一番腕が良く、助けられていた」 と 同市淀川区の板金工場で社長 だった男性(78)は語っています。

しかし、 結婚生活の破綻を機に孤独を深めていった、とこと。

まして、容疑者の兄は、 「盛雄とは、もう30年以上会っていない」。大阪市内に住む実の兄は話す。過去には互いの自宅を行き来していたこともあったが、約30年前、父親が他界した頃から疎遠になった。 とのことです。

自分の妻や子供とも離れ、親族からも離れ一人だけの孤独が、今回の事件を起こしてしまった

のかも知れない。

おそらく自分も死ぬ気でこのような事件を計画したのだろう。

そうであれば他人を巻きこまずに一人でやって欲しかった。

俺が思うには、気が小さく一人では行けなかったのなで、

他人様を巻き込んでいっしょに行こうとしたのだろう。

悲しい出来事です。亡くなられた方々に心よりご冥福を申し上げます。

今後このような事件は、起きてほしくないと思います。

俺はそう思う。

新高湯温泉(しんたかゆおんせん)・山形県

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