岩木山(いわきさん)は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する火山

岩木山(いわきさん)は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する火山である。標高は1,625mで、青森県の最高峰である。日本百名山および新日本百名山に選定されている。その山容から津軽富士とも呼ばれるほか、しばしば「お」をつけて「お岩木(山)」あるいは「お岩木様」とも呼ばれる。

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概要

岩木山は円錐形の成層火山で、山頂は三つの峰にわかれており、弘前側からみた右が巌鬼山(岩鬼山)、左が鳥海山とされるが、これらは火山活動により生じた外輪山の一部である。三峰の中心にある岩木山は、鐘状型の中央火口丘であり、山頂に一等三角点が設置されている。もともと山頂にあった直径800mの破壊された火口に溶岩ドームが生じて、現在の三峰のもとになり、それらの溶岩ドームは1万年より新しい。岩木山の西麓や南麓にも3個の側火山があり、他にも山腹に多数の爆裂火口がみられる。また、 山頂から北東にある赤倉沢の馬蹄形火口は大規模な山体崩壊を示しており、北東山麓の岩屑なだれ堆積物には、かつての崩壊の影響による、多数の流れ山地形がみられる。なお、岩木山の地質は安山岩SiO2 56 – 64%)からなる。

比較的新しい火山のため、高山帯と広葉樹林帯の間に針葉樹林帯が見られず、ダケカンバがそのまま矮小化していく特異な光景が見られる。特産種であるミチノクコザクラ(ハクサンコザクラに近縁種で花がより大型である)と、本州では数少ないエゾノツガザクラなどの高山植物が自生している。

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津軽富士とも呼ばれている郷土富士で、太宰治はその山容を「十二単を拡げたようで、透き通るくらいに嬋娟たる美女」と喩えている。富士山と同様に、古くから山岳信仰の対象とされ、山頂には岩木山神社の奥宮が置かれた。江戸時代には弘前藩の鎮守の山とされ、歴代の藩主が岩木山神社に寄進を行ったため、その社殿は荘厳なものとなり、「奥の日光」とも呼ばれた。

山域は1975年(昭和50年3月31日)に、津軽国定公園に指定され、南麓に広がる2,587 haの高原は青森県の岩木高原県立自然公園に指定されている。

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火山活動史

西暦1600年以前の活動は不明点が多いが、気象庁によると山頂の溶岩ドームは1万年より新しい。約1万2000年前以降の活動は山頂での噴火が中心である。

  • 70万年前 – 山体崩壊。
  • 30万年前から20万年前 – 噴火と山体崩壊(岩屑なだれ)を繰り返し山体を形成。
  • 20万年前から1万年前 – 山麓に側火山を形成。
  • 約5万年前から – 西法寺森溶岩ドーム、岩木山頂西と鳥海山ドーム、山頂ドームと中央ドームを形成。
  • 約6000年前 – マグマ噴火(岩木山頂西と鳥海山ドーム)。
  • 約3000年前 – マグマ噴火。
  • 約2000年前 – マグマ噴火。鳥ノ海溶岩ドームを形成。
  • 1600年(慶長5年)2月22日 – 鳥の海火口で水蒸気噴火。
  • 1618年(元和4年)1月31日 – 水蒸気噴火。
  • 1782年(天明2年)11月-1783年(天明3年)6月 – 水蒸気噴火。天明の大飢饉の遠因のひとつ。
  • 1845年(弘化2)4月4日 – 噴煙、硫黄噴出。
  • 1863年(文久3)3月23日 – 小規模な水蒸気噴火。
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山岳信仰

岩木山は、古くから山岳信仰の対象とされていて、山頂には岩木山神社奥宮がある。岩木山神社には、五大柱の神である岩木山大神が祀られている。丹後国の郎党大江時廉の陰謀によって滅ぼされた岩城正氏の子、安寿と厨子王丸の伝説が残されており、安寿が岩木山に祀られているため、岩木山の神は丹後国の人を忌み嫌うという言い伝えがあった。丹後国の人が当地に入ると風雨がうち続く悪天候となり、船の出入りができないとして厳しい吟味が行なわれ、入り込んだ丹後国の人は追い出された。安政5年5月24日の布令には「頃日天気不正に付、御領分へ丹後者入込候哉も難計に付右体之者見当候者、早速送返候様、尚亦諸勧進等も吟味仕候様被仰付候間、御家中竝在町寺社共不洩候様、此段被申触候以上。御目付」と書かれた。

山頂の神社奥宮では夏季になると職員が常駐し、お守りや登頂記念の手拭いを購入することができる。岩木山から遠い五所川原市市浦地区には、関東で見られる富士講のように、近隣の三角錐型の小さな山である靄山(標高152m)を岩木山に見立てて参詣する習俗があった。市浦地区の靄山には岩木山神社があり、別名「脇本岩木山」と呼ばれている。

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南東麓にある岩木山神社

山頂にある岩木山神社奥宮

お山参詣

岩木山神社で毎年旧暦8月1日に行われる例大祭「お山参詣」(ヤマカゲともいう)は津軽地方最大の農作祈願祭で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。多くの人々が五穀豊穣や家内安全を祈願して、深夜に山頂を集団登拝し御来光を拝む。参詣時に唱える言葉は、修験系のものである。お山参詣がいつから始まったかについては、鎌倉時代の初期からという説もあるが、はっきりしない。現在のような形式となったのは江戸時代中期(1719年)のころとされる。当時は、8月1日に山に入れたのは藩主のみであった。現在のように一般の人々による参詣が主となったのは、明治に入ってからであるとされる。

お山参詣は向山(むかいやま)、宵山(よいやま)、朔日山(ついたちやま)の全3日の行程で行われる。初日の「向山」では、多くの人々が岩木山神社の参道を上って参詣を行う。2日目の「宵山」では、参拝者たちが白装束に身を包み、登山囃子にあわせて「サイギ、サイギ」と叫びながら、黄金色の御幣や多彩な幟を掲げて岩木山神社を目指す。3日目の「朔日山」は旧暦8月1日にあたり、参拝者たちは未明からいっせいに登り始め、山頂付近で御来光を拝む。岩木山神社に登拝の報告をし、バダラ踊りを踊りながら帰宅する。バダラ踊りは、登拝を終えた喜びと、岩木山の神霊の力により、登拝者たちに神通力が宿ったことを表しているとされる。

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