彦根城(ひこね じょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)にある城

彦根城(ひこね じょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)にある江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は犬山城松本城姫路城松江城)。

  • 広告
国宝天守(2016年撮影)

国宝天守

概要

江戸時代初期、現在の滋賀県彦根市金亀町にある彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として築かれた平山城(標高50m)である。山は「金亀山(こんきやま)」の異名を持つため、金亀城(こんきじょう)とも呼ばれた。多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城であった。

明治時代初期の廃城令に伴う破却を免れ、天守が現存する。天守と附櫓(つけやぐら)及び多聞櫓(たもんやぐら)の2棟が国宝に指定されるほか、安土桃山時代から江戸時代のなど5棟が現存し、国の重要文化財に指定されている。中でも馬屋は重要文化財指定物件として全国的に稀少である。一説では、大隈重信の上奏により1878年(明治11年)に建物が保存されることとなったのだという。

天守が国宝指定された5城の一つに数えられる。姫路城とともに遺構をよく遺している城郭で、1992年(平成4年)に日本の世界遺産暫定リストに掲載されたものの、近年の世界遺産登録の厳格化の下、20年以上推薦は見送られている。

滋賀県は明治の廃城令で解体された城が多く彦根城は唯一の保存例である。

玄宮園から天守を望む

  • 広告

歴史・沿革

江戸時代

徳川四天王の一人・井伊直政は、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの後、その軍功により18万石にて近江国北東部に封ぜられ、西軍指揮官・石田三成の居城であった佐和山城に入城した。佐和山城は「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」と言われるほどの名城であったが、直政は、中世的な古い縄張りや三成の居城であったことを嫌ったという。このため琵琶湖岸に近い磯山(現在の米原市磯)に居城を移すことを計画していたが、関ヶ原の戦傷が癒えず、1602年(慶長7年)に死去した。家督を継いだ井伊直継が幼少であったため、直政の遺臣である家老の木俣守勝徳川家康と相談して直政の遺志を継ぎ、1603年(慶長8年)琵琶湖に面した彦根山(別名、金亀山)に彦根城の築城を開始した。

築城には公儀御奉行3名が付けられ、尾張藩越前藩など7か国12大名(15大名とも)が手伝いを命じられる天下普請であった。1606年(慶長11年)2期までの工事が完了し、同年の天守完成と同じ頃に直継が入城した。大坂夏の陣で豊臣氏滅亡後、1616年(元和2年)彦根藩のみの手により第3期工事が開始された。この時に御殿が建造され、1622年(元和8年)すべての工事が完了し、彦根城が完成した。その後、井伊氏は加増を重ね、1633年(寛永10年)には徳川幕府下の譜代大名の中では最高となる35万石を得るに至った。

なお、彦根城を築くにあたり大津城、佐和山城はじめ近江国の諸城を移転や破却をし、城の建設物に利用したとされる。結果として彦根藩には彦根城しか残らず、大老も出す譜代筆頭の井伊氏が諸大名に一国一城令を守る手本を示した格好になった。筆頭家老・木俣家は1万石を領していたが、陣屋を持たなかったため、月間20日は西の丸三重櫓で執務を行っていたという。 徳川統治下の太平の世においては、城郭という軍事施設の存在理由がなくなり本来の目的とは違った使われ方をしていた。西国大名の抑えとして徳川幕府の重要な軍事拠点だった彦根城だが、主な機能は政治の舞台や年貢米の保管となり天守や櫓は倉庫等として使う以外には使い道はなかった。

1854年安政元年)に天秤櫓の大修理が行われ、その際、石垣の半分が積み直された。向かって右手が築城当初からの「牛蒡積み」、左手が新たに積み直された「落し積み」の石垣である。

幕末に幕府大老を務めた井伊直弼は、35歳で藩主となるまでこの城下町で過ごしている。その時に住んだ屋敷は「埋木舎(うもれぎのや)」として現存している。

明治初期の大手門付近

文化財

国宝

  • 天守
  • 附櫓及び多聞櫓(1棟)

重要文化財

  • 天秤櫓
  • 太鼓門及び続櫓(1棟)
  • 西の丸三重櫓及び続櫓(1棟)
  • 二の丸佐和口多聞櫓
  • 馬屋

天守と附櫓(国宝)

太鼓門(背面)(重要文化財)

太鼓門及び続櫓(重要文化財)

  • 広告 Jobマ!

天秤櫓(重要文化財)

廊下橋

観光

城域には彦根城博物館や、開国記念館がある。庭園の玄宮園を含めた内堀より中側への入域は有料(大人800円など)である。

また観光客誘致のため、彦根市のキャラクター「ひこにゃん」を毎日登場させている。所在地滋賀県彦根市金亀町1-1利用情報日本100名城スタンプラリーのスタンプは、彦根城表門券売所に設置されている。屋形船(内堀を観光船で巡る)山崎御門前←→玄宮園前船着場

交通

鉄道

  • JR東海JR西日本 東海道新幹線または北陸本線 米原駅から車で約20分。もしくは、東海道本線乗り換えで彦根駅へ(次項)
  • JR西日本 東海道本線琵琶湖線) 彦根駅から徒歩約15分。駅前大通りを真っ直ぐ西に向かい、護国神社にあたったら護国神社を囲むように回り込みいろは松の通りを通ってクランクを抜け内堀に突き当たったら左に折れれば正門の木橋がある。足が不自由な見学者のためには人力車がある。お城には登れずとも城下町が残っているのと、彦根城天守閣を見上げることの出来る箇所が何箇所かある。

自動車道

駐車場

  • 彦根城駐車場(1日1000円)
別名金亀城
城郭構造連郭式平山城
天守構造複合式望楼型 3重3階地下1階(1604年築)
築城主井伊直継
築城年1622年  (元和8年)
主な城主井伊氏
廃城年1874年(明治7年)
遺構現存天守、 櫓、門、塀、馬屋
石垣、土塁、堀
指定文化財国宝(天守等2棟)
重要文化財(櫓、門、馬屋等5棟)
特別史跡
再建造物御殿
位置北緯35度16分35秒 東経136度15分07秒
  • 広告

コメント