西方寺(さいほうじ)は、宮城県仙台市青葉区大倉字上下(じょうげ)にある浄土宗の寺院

西方寺(さいほうじ)は、宮城県仙台市青葉区大倉字上下(じょうげ)にある浄土宗寺院。山号は極楽山。本尊は阿弥陀如来画像軸。観蓮社良念により開基された。正式名称で呼ばれることはまれで、一般に「定義如来」(じょうげ にょらい)と呼ばれる。

年間約100万人の観光客が訪れており、門前町を含む観光施設が発達している。

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西方寺(定義如来)本堂

名称

一般に当寺は「定義如来」や「定義山」、あるいは親しみを込めて「定義さん」と呼ばれる。また、門前町を含めた周辺一帯は「定義」と呼ばれる。仙台市民が、正式名称の西方寺や正式山号の極楽山と呼ぶことは非常にまれ。

仙台弁発音特性から「定義」は「じょうげ」と発音し、住所の小字も「上下」(じょうげ)である。国土地理院発行の2万5千分の1地形図の図名「定義」でも「じょうげ」と発音するとしている。戦後占領期進駐軍が作成した map of SENDAI でも “JOGE” と表記されている。しかし、仙台弁話者以外とも常時対応すべき宮城県庁仙台市役所[4]・地元観光業界[5]、あるいは、道路の案内標識では、共通語標準語の発音にならって「じょうぎ」 (Jōgi/Jogi/Johgi) と記載している。そのため、現在の仙台市民の中では「じょう」「じょう」の2つの発音が混在している

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縁起・歴史

当寺には、平重盛の重臣である肥後貞能(たいらのさだよし)が、壇ノ浦の戦い後に当地に隠れ住んだとされる平家落人伝説が残る。貞能が安徳天皇平氏一門の冥福を祈って阿弥陀如来を安置し、また改名して「定義」(さだよし)と名乗った。この「定義」を「じょうぎ」と音読みして、当地では阿弥陀如来を定義如来と称し、当地もまた「定義じょうげ)」「上下じょうげ)」と呼ばれるようになった。

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年表

  • 1198年建久9年)7月7日に貞能が60歳で亡くなり、従臣達が遺言に従って墓上に小堂を建て、阿弥陀如来の宝軸を安置したという。
  • 1706年宝永3年)、従臣の子孫である早坂源兵衛が出家して観蓮社良念と称し、「極楽山 西方寺」として当寺を創立した。
  • 1927年昭和2年)、平貞能の墓所の上にある(旧)御廟をさらに覆う(新)御廟が完成。
  • 1930年(昭和5年)、現在の鐘楼が完成。
  • 1931年(昭和6年)、現在の山門が完成。
  • 1933年(昭和8年)5月16日、仙台敬信定義講が梵鐘を寄進。
  • 1986年(昭和61年)10月6日、青森ヒバのみを用いて、宮城県初の五重塔が当寺に落慶した。
  • 1999年平成11年)11月、現在の本堂が完成し、本尊を御廟(貞能堂)から移した。
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境内

全ての施設は無料。旧本堂地区

裏山

  • 熊野神社
  • 天皇塚(連理の欅)安徳天皇の冥福を祈って、遺品を埋めて墓標に2本のケヤキを植えたところ、やがて一本の木となった。このため、縁結びの神木として多くの若い人たちの信仰を集めている。
  • 長命水(湧き水

新本堂地区

庭園地区

アクセス

宮城県道55号定義仙台線(定義街道)は、途中、細かく蛇行する山道を通過しなくてはならないため、現在は国道48号からアクセスするのが一般的。

所在地宮城県仙台市青葉区大倉字上下1
位置北緯38度21分54.30秒 東経140度40分04秒
山号極楽山
宗旨浄土宗
宗派鎮西派
本尊阿弥陀如来
創建年1706年宝永3年)
開基観蓮社良念
正式名極楽山 西方寺
別称定義如来、定義山、定義
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