昭和新山(しょうわしんざん)は、北海道有珠郡壮瞥町にある火山 | 日本の歴史と美景

昭和新山(しょうわしんざん)は、北海道有珠郡壮瞥町にある火山

昭和新山(しょうわしんざん)は、北海道有珠郡壮瞥町にある火山支笏洞爺国立公園内にあり、国の特別天然記念物に指定されている。また、有珠山とともに日本の地質百選に選定され、周辺地域が洞爺湖有珠山ジオパークとして「日本ジオパーク」「世界ジオパーク」に認定されている。

昭和19年(1944年)に始まった噴火活動で隆起した。当時は太平洋戦争下であったが、壮瞥郵便局だった三松正夫が観測記録(ミマツダイヤグラム)を残した。尚、昭和新山の命名者は日本地球物理学の先駆者である田中舘愛橘の養子、田中舘秀三である。

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地質

有珠山側火山デイサイト質の粘性の高い溶岩により溶岩円頂丘が形成されている。形成当初の標高は400メートルを超えていたが、現在では、それが温度低下や浸食などの影響で、398mまで縮んでいる。

有珠山の麓にあった平地に火山が形成された。山肌が赤色に見えるのは、かつての土壌が溶岩の熱で焼かれて煉瓦のように固まったからである。そして、川に運ばれ平地の地下に埋まるなどしていた石が溶岩によって持ち上げられたため、昭和新山の中腹には河原にあるような丸い石が場違いに転がっているのも見ることができる。なお、形成当初は全山が不毛の土地であったが、後述するように、昭和新山は私有地にあるため、登山などで自由に人が立ち入りすることができない。そのためか、形成から70年以上経った現在では、屋根山の大部分が草木で覆われるようになっている。

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生い立ち

噴火活動前

かつてこの地域は「東九万坪」という広大な畑作地帯で、壮瞥川の川沿いには「フカバ」という集落があった。集落名はの孵化場があったことに由来している。

辺りはのどかな田園地帯であったが、山の隆起とともに集落は消滅した。その痕跡は崩壊した国鉄胆振線の橋脚跡などに残っている。

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噴火観測と保護

有珠山とともに気象庁による常時観測火山に指定されている。山への立ち入りは禁止されており、特別な許可がなければ入山することができない。

昭和新山は1943年(昭和18年)12月から1945年(昭和20年)9月までの2年間に17回の活発な火山活動を見せた溶岩ドームである。当時は第二次世界大戦の最中であり、世間の動揺を抑えるために噴火の事実は伏せられ、公的な観測を行うことができなかった。そのような状況下で、地元の郵便局長であった三松正夫は、新山が成長していく詳細な観察記録を作成し、後に「ミマツダイヤグラム」と命名され貴重な資料として評価された。火山の形成過程を人類が詳細に記録した唯一の例である。

また、三松はこの世界的に貴重な火山の保護と家や農場を失った住民の生活の支援のために、山になってしまった土地を買い取った。そのため昭和新山は三松家の私有地であり、ニュージーランドホワイト島等と同じく世界でも珍しい私有地にある火山となっている。1951年(昭和26年)国の天然記念物に指定され、1957年(昭和32年)には特別天然記念物に指定された。

山麓には1988年(昭和63年)4月開館の三松正夫記念館があり、三松による観測記録の資料が展示されている。館長の三松三朗は大学在学中、正夫の研究活動に感銘を受けて面会を求め、後にその孫娘を結婚した。記念館は2021年の日本火山学会普及啓発賞を受賞した。

アクセス

道央自動車道伊達IC虻田洞爺湖ICからともに車で約15分。国道453号北海道道2号洞爺湖登別線から北海道道703号洞爺湖公園線を利用する。

標高398 m
所在地 日本
北海道有珠郡壮瞥町
位置北緯42度32分33秒 東経140度51分52秒座標
山系有珠山
種類溶岩ドーム
最新噴火1944年
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