厳島(いつくしま)は、日本の広島県廿日市市宮島町にある島

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厳島(いつくしま)は、日本の広島県廿日市市宮島町にある島。瀬戸内海西部、広島湾の北西部に位置する。通称は宮島(みやじま)。また安芸の宮島ともいう。

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概要

古代より、島そのものが自然崇拝の対象であったと考えられる。平安時代末期以降は、厳島神社の影響力の強さや海上交通の拠点としての重要性から、たびたび歴史の表舞台に登場するようになった。江戸時代中期には、丹後国(現・京都府北部)の天橋立陸奥国(現・東北地方東部)の松島と並ぶ、日本三景の一つに挙げられる景勝地として広く知られることにもなり、日本屈指の参詣地・観光地として栄えるようになった。現在では人口1800人余りの島に国内外から年間300万人を超える参拝客及び観光客が訪れており、2011年には、トリップアドバイザーが「外国人に人気の日本の観光スポット」トップ20の第1位と発表した。原爆ドームとならんで広島県の代名詞的存在の一つである。

景勝地としての厳島の中心は、厳島神社である。海上に浮かぶ朱塗の大鳥居と社殿で知られる厳島神社は、平安時代末期に平清盛が厚く庇護したことで大きく発展した。現在、本殿、幣殿、拝殿、祓殿、廻廊(いずれも国宝)などのほか、主要な建造物はすべて国宝または国の重要文化財に指定されている。皇族・貴族や武将、商人たちが奉納した美術工芸品・武具類にも貴重なものが多く、中でも清盛が奉納した「平家納経」は、平家の栄華を天下に示すものとして豪華絢爛たる装飾が施されており、日本美術史上特筆すべき作品の一つとされる。厳島神社および弥山原始林は、1996年(平成8年)にユネスコ世界遺産に登録されている。海岸の一部が2012年(平成24年)7月3日ラムサール条約に登録された。

島の最高峰弥山標高535メートル)山頂から望む瀬戸内海の多島美も人気があり、毎年元旦未明には初日の出を目指す人で混み合う。この地を愛した伊藤博文は「日本三景の一の真価は弥山頂上からの眺望に有り」と絶賛し、それがきっかけで明治時代後期に弥山への一般登山路が整備された。1900年(明治33年)に定期航路が開設されると、旧来の渡し船に依存していた交通が改善し、島への参拝客・観光客が急増した。

島の全域(周辺海域を含む)が1934年昭和9年)に瀬戸内海国立公園に編入され、自然公園法が定める特別保護区域となっている。 1952年(昭和27年)には国の特別史跡及び特別名勝に指定され、弥山の原始林は国の天然記念物に指定されている。

かつて島全体が佐伯郡宮島町と一致していたが、2005年(平成17年)に廿日市市と合併した。

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名称

厳島

いつくしま厳島異表記嚴島嚴嶋、ほか)」という地名は、「イツク(斎く。意:心身のけがれ[* 2]を除き、身を清めてに仕える)シマ(島)」から来ていると考えられており、厳島神社祭神の筆頭に挙げられる女神イチキシマヒメ(市杵島姫)[* 3]の名に由来するか、少なくとも同根語である。厳島神社縁起の伝えるところでは、スサノオ(素戔男)の娘とされる宗像三女神、すなわち、イチキシマヒメ(市杵島姫)、タゴリヒメ(田心姫。タキリビメの別名)、タギツヒメ(湍津姫)の3柱は、2羽の神鴉(しんあ神使カラス〉)に導かれ、現在厳島神社のある場所に鎮座した。

島の名として「嚴嶋大明神」のように平安時代からの用例がある。江戸時代前期の寛永20年(1643年)に儒学者・林春斎(林鵞峰)が著した『日本国事跡考』のうちの陸奥国のくだりにある、いわゆる「三処奇観(さんじょきかん)」の一文にもその名が見える。この景観評価は「日本三景」の由来となった。

《 原 文 》 半角スペースは本項での添付。
松島 此島之外有小島若干 殆如盆池月波之景 境致之佳 與 丹後天橋立 陸奧松島 安藝嚴島 此三處為奇觀   ── 林春斎『日本国事跡考』
書き下し文》 ※読みは文語体。確証を持てない部分は記していない。
松島まつしましまほか小島をじま若干じやくかんあり、ほとんど盆池月波のけいごとし、境致きやうちなる、丹後たんご天橋立あまのはしだて陸奥むつ松島まつしま安芸あき厳島いつくしま三処さんじよ奇観きかんす。
口語解釈例》 
松島、この島のほかに小さな島がいくつかある。その景色はあたかも池の水面に浮かぶ月の光の波のよう。景観の美しさ素晴らしさにより、丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の厳島、この3箇所は絶景となっている。

宮島

みやじま宮島異表記宮嶋、ほか)」という地名は、江戸時代以降のもので、文字どおり「ミヤ〈ここでの意は神社〉+ シマ(島)」を意味する。「宮島」は同名他所の地名でもあるので、安芸国(芸州)の宮島に特定する意をもって「安芸宮島/安芸の宮島(あきのみやじま)」などと呼ばれることも多い。江戸時代中期にあたる寛保2年(1742年)の伊予松山藩の座頭記録には「芸州宮嶋江参詣……」とある。

歌川国貞『紅毛油絵風 安芸の宮島』

地理

広島湾の西の端、広島市街の南西約20kmに位置する。島は周囲約30km、面積30.2km2で楕円形の形状をなしている。対岸の本州廿日市市阿品~同市大野)に寄り添うように北東から南西に伸びる(島の北東径約9km、南西径約4km)。対岸(本州本島)と島を隔てる瀬戸(※相対する陸地との間の、特に幅の狭い海峡)は「大野瀬戸(おおのせと)」と呼ばれ、最も狭い所で300mしか離れていない(宮島口港~宮島港間のフェリー航路は1.8km)。大野瀬戸の反対側(島から南東方向)には、絵の島大奈佐美島能美島江田島等と一体)など多くの島が点在する。島の北端・聖崎の先端は風化によってやや崩落しており、満潮時には「蓬莱島(ほうらいじま)」と呼ばれる島になる。その沖合に暗礁があり、上には石灯篭が置かれている。

厳島と周辺の島々

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文化・施設・観光

毎年8月11日には宮島水中花火大会が行われ、県内外から多くの見物客が訪れる。

島内には厳島神社以外にも大聖院をはじめ多くの仏閣がある。また、厳島神社宝物館、宮島水族館宮島歴史民俗資料館広島大学大学院理学研究科附属自然植物実験所、宮島町伝統産業会館などの文化施設がある。

国内外から観光客が多く訪れ、その数は年間300万人台(2009年〈平成21年〉の船舶運輸実績〈片道〉は約346万人)。宮島桟橋から厳島神社へと続く道沿いには多くの旅館が点在している。

弥山などへの登山者も多いが、島には信仰上の理由や文化財・自然保護のために開発されなかった原生林が広がっており、登山道から迷い込むなどする遭難がたびたび発生する。そのため、島を所管する広島県警察廿日市警察署と宮島消防署が十分な装備での入山など注意喚起をしている。

2007年(平成19年)から、毎年1回、廿日市商工会議所主催のご当地検定である「宮島検定」が行われており、宮島の歴史や文化・自然に関する知識を問われる出題がなされ、合格者には認定カードが発行される。同商工会議所は、宮島に関する多くの情報を網羅した『宮島本』(※宮島検定試験の公式参考書も兼ねる)を発行している。

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交通アクセス

鉄道

最寄り駅はJR山陽本線宮島口駅広島電鉄宮島線広電宮島口駅。駅前にある桟橋からフェリーが運行している。

一部の宿が宿泊者専用の駐車場を備えているのを除き、島内に観光客用の駐車場は存在せず、町内の道幅も極めて狭い。また市街地は20km/h、少し内陸にあるうぐいす歩道と杉の浦、包ヶ浦は30km/hの速度制限がかかっている。さらに商店街は毎日10時30分から17時まで車両の通行が禁止される[43]。そのため広島市街地からは西広島バイパス山陽自動車道からは廿日市ICをそれぞれ経由して国道2号に入り、宮島口駅周辺の有料駐車場で下車、宮島連絡船または宮島松大汽船を利用するのが一般的である。

JR西日本宮島フェリー宮島連絡船)と宮島松大汽船フェリーが、宮島口桟橋(JR宮島口駅から徒歩3分、広電宮島口駅から徒歩1分)から厳島までを結んでいる。所要は約10分。JR宮島航路は宮島桟橋行きの昼間時間帯のみ、西に少し大回りして厳島神社に近いコースをとり、満潮時には大鳥居に接近する。

広島港からは瀬戸内シーライン高速船(所要約30分)があるほか、瀬戸内海汽船の客船「銀河」による厳島までのランチクルーズもある。

アクアネット広島は、厳島神社と同様に世界遺産である原爆ドームと合わせて訪れる観光客も多いことから、広島市内の平和記念公園近くの元安桟橋と厳島を結ぶ「世界遺産航路」を就航している。また、マリーナホップと宮島の間に高速船を就航している。大野桟橋と宮島港3号桟橋間の「宮島行大鳥居遊覧航路」は不定期運航である。

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所在地 日本広島県廿日市市[1][2]
所在海域瀬戸内海 安芸灘
座標北緯34度16分0秒 東経132度18分0秒座標
面積30.39 km²
海岸線長28.9 km
最高標高535.0 m
最高峰弥山
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