紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦に鎮座する神社 | 日本の歴史と美景

紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦に鎮座する神社

紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦に鎮座する神社江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現紀州藩初代藩主徳川頼宣を神格化した南龍大神を祀る。

紀州東照宮

歴史

元和7年(1621年)に徳川家康の十男である紀州藩祖・徳川頼宣により南海道の総鎮護として創建され、関西の日光とも称される。本殿は伝・左甚五郎作の彫刻や狩野探幽作の襖絵がある。

東照宮は、雑賀山に位置する。雑賀山は和歌浦湾の入り江を眼下に納め、右手には天橋立のような片男波の砂嘴が延び、左手には北岸をみるまさに「扇の要」の位置である。西には天満宮が、東には玉津嶋神社が位置する。 元和5年紀州初代藩主として入国した徳川頼宣(1602~71)により、東照大権現を祀る東照社として建立された。頼宣の紀州入国とともに計画され、元和5年(1619)起工、元和6年(1620)に竣工・遷宮式が行われた。『紀伊続風土記』によれば、境内は方八町で、宮山周囲50町余りであった。現在は頼宣も合祀している。かつての別当寺天曜寺

東照宮の例祭は、元和8年に趣向を凝らした絢爛豪華な風流(ふりゅう)の祭りとして創始されているが、江戸時代には、国中第一の大祭であった。諸国から多数の見物人がきたという。明治以降も和歌祭りと呼ばれて、大勢の観衆を集め、親しまれた。近年復興されている。

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境内

鬱蒼とした木々に囲まれた東照宮参道は青石が敷き詰められ、両側は低い石垣で区切られる。鍵の手で折れ曲がると、急勾配の108段の石段にたどり着く。参道と石段の両側には、家臣団が寄進した石灯籠が並ぶ。

高台の南端には、楼門が南面し、その両脇に東西廻廊が建つ。高さ約2mの石垣により一段高くなった社地北側には、唐門と瑞垣(みずがき)、その奥には正面に拝殿・石の間・本殿を一つの建物にまとめた権現造りの社殿が建つ。かつては社殿の右に三重塔、左に薬師堂があった。

社殿の建築様式は伝統的な和様を用い、様々な彫り物で飾る。内外部共に黒漆、赤漆を塗り、複雑な組物や彫刻類には極彩色を施し、鍍金の飾金具を施す。代表的な江戸時代初期の建造物である。この豪華な社殿により、俗に紀州の日光と称される。拝殿・石の間・本殿、唐門、東西瑞垣、楼門、東西回廊が重要文化財(建造物)に指定されている。また社蔵の平安時代から江戸時代の刀剣13振、南蛮胴具足、小袖3領が重要文化財(美術工芸品)に指定されている。

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祭神

文化財

和歌浦は和歌山県の名勝・史跡、ならびに国の名勝に指定されている。

重要文化財

建造物

  • 本殿・石の間・拝殿 1棟
  • 唐門
  • 東西瑞垣 2棟
  • 楼門
  • 東西廻廊 2棟
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祭礼

所在地

  • 〒641-0024
    • 和歌山県和歌山市和歌浦西2-1-20

交通

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