阿波踊り(あわおどり)は、阿波国(現・徳島県)を発祥とする盆踊り | 日本の歴史と自然の美を楽しむ

阿波踊り(あわおどり)は、阿波国(現・徳島県)を発祥とする盆踊り

スポンサーリンク

阿波踊り(あわおどり)は、阿波国(現・徳島県)を発祥とする盆踊り

明治5年12月3日旧暦天保暦)が明治6年1月1日新暦グレゴリオ暦)に改暦されてからお盆の開催時期が動揺し、盆踊り(阿波踊り)の開催日も旧暦・新暦・月遅れ・週末開催・任意の日など、お盆との関連が薄まって様々な日程で開催されるようになった。

現在は、阿波国以外にも伝播し、東京都などでも大規模に開催されるようになった。日本三大盆踊り四国三大祭りの代表的な存在であり、約400年の歴史を持つ日本の伝統芸能のひとつである「徳島市阿波おどり」(月遅れの8月12日 – 15日に開催)が踊り子や観客数において国内最大規模である。

なお、同じ四国の高知県高知市よさこい祭り」が、伝播した北海道札幌市において「YOSAKOIソーラン祭り」として自由に発展し、「YOSAKOI」として全国・世界に広がっており、阿波踊りも全国・世界展開を企図している。

概要

三味線太鼓鉦鼓篠笛などの2拍子の伴奏にのって連(れん)と呼ばれる踊り手の集団が踊り歩く。

えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…と唄われるよしこののリズムで知られる。しかし、よしこのは大手の有名連以外はあまり使われず、主にヤットサーヤットサーという掛け声のほうが多用されている。

徳島県内の小・中・高校では体育の授業や体育祭などで「阿波おどり」を演目として採用している学校も多数あり、徳島県民の代表的な祭りである。

起源と名称[ソースを編集]

精霊踊り念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある(蜂須賀入城起源説)。江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波踊りが禁止されていた時期もあった。その令を犯し、自宅で阿波おどりを行った家老がお家断絶になったという。また戦時中にも一時阿波おどりは禁止された。

阿波踊りという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆踊り通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。この名称は日本画家林鼓浪徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされる。尚、徳島市や高円寺の阿波踊りではポスター看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。また、徳島県が発行する印刷物等においても「阿波おどり」で統一されている。ちなみに、名称から徳島県阿波市が阿波踊りの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波踊りは行われるものの特別なことは特にない(そもそも阿波市の存在自体が近年まで無かった。市の歴史はまだ浅く、2005年の市町村合併で誕生した新しい市である)。

阿波踊りの全国への広がり

阿波の国「徳島」が本場であり、「徳島市阿波おどり」(徳島県徳島市)で、毎年130万人以上の人出がある。県内の他の市町村各地でも開催されている。歴史的には本場徳島は江戸初期からの通説もあり、その他県外では、徳島県人会などが中心となり全国各地で踊られていた。また、亜流ではあるが、徳島県及び県人会などの指導により「東京高円寺阿波おどり」(東京都杉並区)の60年をはじめ、下北沢50年超、中目黒、三鷹、初台、神楽坂などが40年超、大塚、都立家政、中村橋、糀谷、経堂、小金井、神奈川大和、埼玉狭山ヶ丘、南越谷などが30年超の歴史を持っている。

「東京高円寺阿波おどり」は、高円寺の現在の高円寺パル商店街の青年部(まどか会)が町おこしとして始めたものである。当初は隣町の阿佐ヶ谷七夕祭りに対抗して夏のイベント用に阿波踊りに似た踊りで開始され、やがて都内在住の徳島県出身者から指導を受ける形で発展した。例年120万人程度の人出があり、例年同日に行われる浅草サンバカーニバルと共に、東京の代表的な夏祭りの1つとなっている。現在は、地元商店街、町会が中心となって発足したNPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会が主催している。

南越谷阿波踊り」(埼玉県越谷市。詳細は南越谷阿波踊り#概要を参照)、「神奈川大和阿波おどり」(神奈川県大和市)も、元々は地元商店会や地元企業による小規模な地域祭催事ったものが発展・規模拡大したものである。いずれも高円寺ほどの規模ではないが、南越谷は例年60万人・神奈川大和は40万人程度の人出がある。

現在は徳島(例年8月中旬)以外の各地(特に関東地方)、高円寺(例年8月最終週)のほか、夏のイベントとして8月はほぼ毎日のように全国のどこかで阿波踊りが催されており、徳島の阿波踊り連がその指導に当たっている。

  • スポンサーリンク
    < async src="https://pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js">

    (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});

阿波踊りでは一つの踊りのグループの事を「(れん)」という。徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。もちろんいずれの協会にも属していない連もある。大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学サークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。殆どの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波踊りの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。

高円寺阿波おどりの粋輦

徳島県内の有名連

娯茶平

連員350人を超える徳島県最大規模の連であり、賜天覧4連のうちの一連。娯茶平調である。 東京の飛鳥連と姉妹連である。

のんき連

徳島一の歴史を誇る賜天覧4連のうちの一連。のんき調である。

新のんき連

姓億政明を初代連長とする、のんき調の連である。東京支部として東京新のんき連がある。

阿呆連

阿波踊り三大主流と呼ばれるもののうちの一つ、阿呆調である。東京の江戸っ子連と姉妹連である。

男踊り

  • 半天法被)を着て踊る半天踊りと、男物の浴衣をしりからげに着て踊る浴衣踊りがあり、いずれも足袋を履いて踊る。
  • 踊りの所作の振りは大小さまざま、時には勇猛に、時には滑稽に躍る。基本的には素手だがうちわちょうちんなどを使っていることも多い。
  • なお、この男踊りを女性の踊り手や少女が踊る場合もある。

女踊り

阿波踊りに関する世界記録

徳島市の松永病院の職員でつくる阿波踊り連・こけら連が連続して12時間14分30秒踊り続けるギネス世界記録を樹立。(2019年)

コメント

タイトルとURLをコピーしました