松山城(まつやまじょう)は、愛媛県松山市にあった日本の城 | 日本の歴史と自然の美を楽しむ

松山城(まつやまじょう)は、愛媛県松山市にあった日本の城

松山城(まつやまじょう)は、愛媛県松山市にあった日本の城。別名 金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。各地の松山城と区別するため「伊予松山城」と呼ばれることもあるが、一般的に「松山城」は本城を指すことが多い。たびたび放火(不審火) や失火により往時の建造物を焼失している。

現在は、城跡の主要部分が公園として整備され、大天守現存12天守の1つ)を含む21棟の現存建造物が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。そのほか、連立式天守群の小天守以下5棟をはじめとする22棟(塀を含む)が木造で復元されている。

また、現存十二天守としては、最も新しい城である。

松山城連立天守群

松山城連立天守群

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概要

松山市の中心部、勝山(城山)山頂に本丸、西南麓に二之丸と三之丸を構える平山城である。日本三大平山城にも数えられる。山頂の本壇にある天守(大天守)は、日本の12箇所に現存する天守の一つである。この中では、姫路城と同じく、連立式で、日本三大連立式平山城の1つにも数えられる。1933年ごろまでは、本丸部分には40棟の建造物が現存していたが、1949年までに19棟が火災により失われ、現存建築は21棟にまで減少した。建造物の現存数は二条城(京都府)の28棟に次ぐものである。

幕末に再建された大天守ほか、日本で現存数の少ない望楼型二重櫓である野原櫓(騎馬櫓)や、深さ44メートルにおよぶ本丸井戸などが保存されている。

構造

山頂に本丸、南西麓に二之丸、続いて三之丸。北麓には北曲輪、南東麓に東曲輪がある。三之丸は比高6メートルほどの土塁で囲み、北と東に石垣造の虎口を開く。本丸から二之丸にかけて登り石垣を築いて囲み、丘陵斜面からの大手城道への侵入を防ぐ構造としている。山頂の本丸北部には本壇という天守曲輪を持ち、大天守と小天守・南隅櫓・北隅櫓を3棟の渡櫓(廊下)で連結し連立式天守をなしている。松山城の中枢は二の丸で、藩主の生活の場である御殿や庭園、茶室などがあった。三の丸には身分の高い家来の屋敷が建ち並んでいた。本丸は主に倉庫として使われていた。

代表紋章:丸に三つ葉葵

代表紋章:丸に三つ葉葵

三つ葵の紋付きの松山城天守内展示物

三つ葵の紋付きの松山城天守内展示物

松山城大天守(右奥)、小天守(左)、紫竹門(左手前)

松山城大天守(右奥)、小天守(左)、紫竹門(左手前)

松山城戸無門(重要文化財)と太鼓櫓

松山城戸無門(重要文化財)と太鼓櫓

搦手の守りの要である野原櫓と乾櫓

搦手の守りの要である野原櫓と乾櫓

文化財

重要文化財

以下の21棟が国の重要文化財に指定されている。松山城隠門と続櫓

松山城乾櫓

松山城乾櫓

松山城野原櫓

松山城野原櫓

松山城本壇の虎口(一ノ門からの二ノ門南櫓。両側に一ノ門や三ノ門の南櫓が置かれ、左手奥に二ノ門がある。)

松山城本壇の虎口(一ノ門からの二ノ門南櫓。両側に一ノ門や三ノ門の南櫓が置かれ、左手奥に二ノ門がある。)

松山城天守

松山城天守松山城大天守と、その前にあり、石垣の上に位置する筋鉄門東塀

  • 戸無門

高麗門の建築様式で、慶長の創建当初から門扉がないので戸無門(となしもん)の名がある。この門の手前にある太鼓櫓下の通路は、乾門方面(実は行止まり)と戸無門方面へ敵を分散させるため複雑な構造となっている。

  • 隠門
  • 隠門続櫓

櫓門となっている隠門(かくれもん)は、筒井門に達した敵の側背を襲うための埋門(うずみもん)となっている。隠門続櫓ともども小規模ながら、築城当時の面影を見ることができる。なお、築城時は「尾谷三ノ門」と呼ばれたとの説がある。

  • 乾櫓

古町口登城道が本丸に達する地点に設けられた、搦手(からめて:裏側)方面の防備のための2重の隅櫓である乾(いぬい)櫓は、窓は格子・突上げ構造で、腰袴式ではなく出窓式の石落としが設けられている。

  • 野原櫓

「騎馬櫓」とも呼ばれる野原櫓は、西北の本丸石垣に面して建てられた二重櫓で、大入母屋屋根の中ほどに2間半の2階を載せており、望楼起源説による大屋根の上に造られた物見櫓から天守建築が始まったとする論拠となる構造で、石落とし・狭間など加藤嘉明の築城当時の仕様がほぼそのまま残る。

  • 紫竹門
  • 紫竹門東塀
  • 紫竹門西塀

紫竹門(しちくもん)は、西と東の続塀によって本丸の大手(正面)と搦手を仕切る役割を担う高麗門で、続塀には、弓矢や鉄砲で敵を狙うため正方形や長方形の狭間が設けられている。なお、紫竹門を含め、重要文化財に指定されている本壇(天守曲輪)一帯の建造物は、安政元年落成にかかるものであり、屋根瓦には建造主の家紋である三つ葉葵が付けられている。

  • 一ノ門
  • 一ノ門南櫓
  • 一ノ門東塀
  • 二ノ門
  • 二ノ門南櫓
  • 二ノ門東塀
  • 三ノ門南櫓
  • 筋鉄門東塀

高麗門の一ノ門から薬医門の二ノ門にかけては、本壇入口に位置する単層櫓の一ノ門南櫓、一ノ門東塀、本壇の南東に位置する単層隅櫓の二ノ門南櫓、二ノ門東塀、二ノ門と筋鉄門(すじがねもん)東塀に接する単層櫓の三ノ門南櫓で仕切られた枡形となっている。また、筋鉄門東塀は大天守正面にある渡塀で、一ノ門やその南櫓と小天守とともに一ノ門前に虎口を形成する役割を担っていた。

  • 三ノ門
  • 三ノ門東塀

本壇内庭の東側の防備を固める三ノ門は脇戸を省略した高麗門で、三ノ門東塀とともに二ノ門内側や天神櫓前の本壇広場に対する防備を固めている。ここを通過すると大天守正面と筋鉄門東塀に挟まれた通路に至るが、天守の玄関がある連立式の特徴である内庭の入口には櫓門である筋鉄門が置かれている。

  • 仕切門
  • 仕切門内塀

本壇内庭の北側の防備を固める高麗門が仕切門であり、天神櫓前の本壇広場に対する防備を固めている。ここを通過すると内庭の入口であり、櫓門である内門に達する。また、仕切門内塀は、本壇北側の石垣に面するとともに、南に折れ曲がって玄関多聞櫓(げんかんたもんやぐら)に達することから、本丸北曲輪や北隅櫓下の石垣に対する防備を担っている。

  • 天守(大天守)

創建当時には、現在、三重天守の建つ天守台に五重天守が建てられていたとされており、1642年に3重に改修している。それは、本壇がある標高132メートルの本丸広場の一部は谷を埋め立てているため地盤が弱かったからとも、武家諸法度の意を受けて、江戸幕府に配慮したためともいわれているが理由は不明である。その三重天守も1784年に落雷で本壇の主要建物とともに焼失し、現存する大天守は、黒船来航の前年である1852年に、石垣普請とともに再建工事が完了し、安政元年(1854年)落成した3代目の天守で、連立式3重3階地下1階構造の層塔型天守である。大天守は高さ20メートル(鯱の高さを入れると21.3メートル)本壇は8.3メートルの高さがある。幕末に親藩大名松平久松)家により復興されたものであるためか普請の精度は高く、建築材料にはまたなど一級と呼ばれる木材が使用されている。五重天守である福山城天守(9間×8間)をしのぐ規模の切込みハギの石積み天守台(8間×10間)の内側に、地下1階が造られ、3重3階の木造内部には、入側(武者走り)が各階に設けられており、その内側である身舎(もや)には天井を張り、鴨居と敷居で仕切られた畳床仕様で、かつ、床の間を設けている。外部は1・2階に黒塗下見張り、塗籠角格子の窓には突上げ板戸などを配し、屋根には千鳥破風や軒唐破風が付れられ、また、3階は白漆喰塗りで、格子がない引戸窓の外には、格式を高める目的で実用でない外廻縁、高欄が付けられている。なお、を含め屋根は葺である。日本における最後の天守建築(桃山文化様式)であり、現存12天守の中で、唯一、親藩松平氏)による普請であったため、丸に三つ葉葵が付けられている。

現地情報

登城

松山城本丸は、市街のほぼ中央に位置する標高132メートルの山頂にある。天守へのルートは、4つあるが、一般・観光客向けのルートは東雲口と呼ばれる東側からの登城道で、こちらはロープウェイやリフトも整備され、東雲神社を通って徒歩で上ることもできる。他のルートは、地元の人が散歩等にもっぱら利用しており、県庁裏登城道以外はあまり整備されていない。

松山城ロープウェイ東雲口駅舎の最寄り駅は、徒歩約5分のところにある伊予鉄道市内電車の「大街道停留場」(「坊っちゃん列車」も停車する)。大街道駅の北側に、ロープウエー街の入口があり、また、少し東側には交番や伊予鉄タクシーの乗り場がある。なお、松山城ロープウェイ東雲口駅舎1階には、財団法人松山観光コンベンション協会運営の年中無休の観光案内所がある。

天守の内部

交通

松山城・二之丸史跡庭園の入場券と、坊っちゃん列車の乗車券がセットとなった「松山城らくトクセット券」が伊予鉄道から発売されている。

松山の玄関口等主要地点からの公共交通手段は次のとおり。

  • 松山空港から
    • 伊予鉄バス松山空港リムジンバス道後温泉駅前行きで、「大街道バス停」下車。
    • 伊予鉄バス[52]松山空港線(一般路線バス)道後温泉駅前・湧ヶ淵・湯の山ニュータウン行きで、「ロープウェイ前バス停」下車。
  • 四国旅客鉄道(JR四国)予讃線松山駅から
    • 伊予鉄道市内電車道後温泉行きで、「大街道停留場」下車。
  • 伊予鉄道松山市駅から
    • 伊予鉄道市内電車環状線大街道経由松山市駅行きまたは道後温泉行きで、「大街道停留場」下車。
    • 坊っちゃん列車で、「大街道停留場」下車。
    • 伊予鉄バス[52]松山空港線(一般路線バス)道後温泉駅前・湧ヶ淵・湯の山ニュータウン行きで、「ロープウェイ前バス停」下車
  • 松山観光港から
    • 伊予鉄バス松山観光港リムジンバス道後温泉駅前行きで、「大街道バス停」下車。
    • 伊予鉄バス高浜駅~松山観光港間連絡バスで「高浜駅前」下車。伊予鉄道高浜線に乗り換え松山市駅下車。さらに市内電車に乗り換え。
  • 三津浜港から
    • 伊予鉄バス[56]三津吉田線松山市駅行きで松山市駅下車。さらに市内電車へ乗り換え。
  • 道後温泉から
    • 伊予鉄道市内電車松山市駅行きまたはJR松山駅前行きで「大街道停留場」下車

利用情報

  • 観覧時間: 9時から16時30分(季節により異なる)また、時間外も夜遅くまで開門されている。
  • 観覧所要時間: ロープウェイ東雲口駅舎から90分以上
  • 料金: 天守観覧料510円(大人)、ロープウェイ・リフト往復利用料510円(大人)
  • 休業日: 無休(12月第3水曜日はすす払いのため閉城)
  • 駐車場: 松山城駐車場(有料。ロープウェイ東雲口駅舎付近。大型バスも入庫可能)など
  • 車椅子対応: 数人の介助者が同伴の場合、本丸広場まで登城可能。
  • 案内: 観光ボランティアガイドや街角案内人が配置されている。
  • 体験: 大天守1階に無料の試着コーナーがある。
  • お城まつり: 毎年4月の第一金・土・日曜日(日曜日には大名・武者行列がある)。
  • 今後: 三之丸(現・城山公園堀之内地区)は「城山公園堀之内地区整備計画」(平成12年)にもとづいて、多くの既存施設を移設・撤去。二之丸(現・二之丸史跡庭園)では堀の復元を検討しており、松山市は文化庁の求めに応じて「保存管理計画」の立案作業を進めている。
別名金亀城、勝山城
城郭構造連郭式平山城
天守構造連立式層塔型3重3階地下1階
(1852年 再)
築城主加藤嘉明
築城年慶長7年(1602年)着手
主な改修者松平勝善
主な城主加藤氏松平久松)氏
廃城年明治6年1873年
遺構天守井戸石垣土塁
指定文化財重要文化財
(大天守、野原櫓・乾櫓・隠門続櫓など櫓6棟、戸無門・隠門・紫竹門・一ノ門など門7棟、筋鉄門東塀など塀7棟)
国の史跡
再建造物小天守、北隅櫓、十間廊下、南隅櫓、太鼓櫓、筒井門、太鼓門、乾門、艮門東続櫓など
位置北緯33度50分43.94秒
東経132度45分56.6秒

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